【歌舞伎】「三國無雙瓢箪久(さんごくむそうひさごのめでたや)」平成30年7月歌舞伎座 感想

市川海老蔵

台風一過。
関東から関西に向かっていくという、従来にない台風の動きで、当日朝の天気が心配されたが、明け方には明石の方まで抜けてしまったようだ。
日が照って、一気に蒸し暑くなった中を歌舞伎座に向かう。

千穐楽。三階席上手側にて観劇。

演目は、通し狂言「三國無雙瓢箪久(さんごくむそうひさごのめでたや)」。
「出世太閤記」と副題がついている通り「秀吉」ものだ。
ジャンルとしての「秀吉もの」「太閤記もの」はあるが、あまり歌舞伎では掛からない。
江戸ではあまり「太閤様」の人気がなかったから、なんて説もある。
その伝統を東京の歌舞伎も引き継いでいるのだろうか。
悲劇の最後を遂げないと、芝居として盛り上がりづらいというのもあるだろう。

成田屋と秀吉は縁が深いようで、十一代目團十郎が幼少の息子と大徳寺焼香の場を演じた時の扮装の写真が残っている。
同じ役を、当代海老蔵が息子の勸玄と勤めるのが目玉の一つ。
大半のお客さんの目当てもそのあたり。

最初に、花道のすっぽんから、明るめの色の羽織袴の海老蔵がでる。
幕に近畿地方を中心とした日本地図。
本能寺の変当日の、織田家重臣の居場所と動きが示される。
戦国時代をよくわからない観客への親切なのだろうが、ここで史実を持ち出されるとちょっとちぐはぐ。
なにしろ狂言の中身は虚実入り乱れての太閤記。
どちらかというと、歌舞伎の虚の方が大きい。
活歴もののつもりで見始めると、混乱することになる。
途中途中、幕が開く前に入る海老蔵のナレーションも無用。
観客の集中力が途切れる。
古典の見取り狂言のごとく、開き直って解説なし、もしくは芝居の中で触れる程度にしておいたほうがよかったと思う。
再演時は再考願う。

ただし、それまで織田家のナンバー10位の位置にいた秀吉が、織田信長が討たれてから49日の法要までの約50日で、織田家ナンバー1に上り詰めるというストーリーの説明はよかった。
「太閤記」が、農民から太閤まで上り詰めるということは知っていても、この50日がいかに秀吉にとって劇的だったかということまで意識している人は多くないのではないだろうか。
それを意識しているのとしていないのでは、観客の芝居の見方が変わってくる。
意識が変わって前のめりになった後だけに、歌舞伎の嘘のオンパレードに苦しむことになるのだが。

心は活歴を求めるも、目の前で展開されるのは歌舞伎の嘘。
こうなると、観客の心をつかむためには芸の力によるしかない。

ようやく自分の心が歌舞伎によっていったのは、二幕目第三場「松下嘉兵衛住家の場」と大詰第一場「大徳寺焼香の場」になってから。
「松下嘉兵衛住家の場」は、「市川福之助」くんの名演が光る。

「市川福之助」くんは、海老蔵の部屋子で、平成17年生まれ。
若干11歳。
光秀一子明智十次郎役。
まだ子役の演技だが、秀吉の生き別れの子で光秀に育てられ、育ての親への義理で切腹するという難しい役どころをこなし、観客の涙を誘っていた。
まだ名題下ゆえに、チラシに名前が載らぬのが残念。
将来有望。

世話場である「松下嘉兵衛住家の場」から狩衣姿の織田家重臣が居並ぶ「大徳寺焼香の場」への転換は歌舞伎の醍醐味。
庶民的なわび住まいから、華麗な大寺院へ。
目で楽しませてくれるし、こちらの気分も変わる。

今回の右團次は「松下嘉兵衛」と「柴田勝家」とどちらも老け役。
どうなんだろうと思ったが、特に「松下嘉兵衛」など悪くない。
老人だが芯のある役で、例えば「夏祭浪速鑑」の釣船三婦のような役がよく似合う。
右團次はガラガラ声で悪声だと思っているのだが、これなら気にならない。
といっても年齢的にちょっとかわいそうなので、将来の楽しみに取っておいて海老蔵と組むんだったら一寸徳兵衛辺りが落ち着くと思うが。

秀吉女房八重に児太郎。
この「秀吉」には、秀吉の恋女房たる「寧々」は出てこない。
藤吉郎時代に奉公していた松下嘉兵衛の娘八重と恋仲で、子まで生したという設定。
鎧を買いに使いに出た藤吉郎はそのまま出奔。
八重は秀吉を追って家を出るも、産み落とした息子を行方不明にしてしまう。
その子が光秀女房皐月に拾われて、光秀の子として育てられた十次郎ということになっている。
うまい役者だとは思っていたが、いつの間にか貫禄もついている。
堂に入っているというのか腰が据わっているというのか。
年相応な娘役だけでなく、こんな苦労をしつくした女房の役もできるのかと驚かされる。
24歳。
父福助の復帰も近いし、こちらの成長も楽しみ。

残念ながら、苦言をひとつ。
久々に歌舞伎座で獅童を見たが、どうにもせせこましい。
なかなか大きさが出ない。
とくに立ち回りの動きがリアルに寄りすぎて、随分と小さく見えてしまう。
序幕第二場「本能寺の場」での大谷廣松より小さく見えるというのはまずかろう。
大詰第二場「大徳寺奥庭の場」での海老蔵との立ち回りでは、影響されてか海老蔵まで小さく見える。
「歌舞伎on the web」で調べてみると、ここしばらくまともな古典に出ていない。
巡業で回った「いがみの権田」と「富樫左衛門」くらいか。
いろいろ大変な立場だと思うが、海老蔵と共にこれからの歌舞伎界を担う立場だ。
松竹にはもっと大歌舞伎への起用をお願いしたい。

隣の富士そばで、万願寺唐辛子そばを食べようと楽しみにしていたら、天候不順で販売休止中。
食事は二幕目と大詰の幕間に柿の葉寿司を4つほど放り込む。
最近一度に食べる量が減ってきて、芝居見物中にはこれで十分。
下手に米の量が多い弁当など買うと、おなか一杯で動けなくなる。

歌舞伎市川海老蔵

Posted by ちえ