【歌舞伎】「助六由縁江戸桜」團十郎の襲名披露に猿之助が出るってすごいこと!

いよいよ来月(2022年11月)から十三代目團十郎白猿の襲名披露公演が始まる!

いよいよ来月(2022年11月)から歌舞伎座で、十三代目團十郎白猿の襲名披露興行ですね~☆

ちえは2ヶ月連続で、夜の部の「助六由縁江戸桜」を見物するつもりです。
11月のチケットは取りました☆
平日だったので、3階B席ですが、最前列の良席。
口上もついているので楽しみです。

團十郎の襲名披露に猿之助が出るのって、実はすごい事!

ところで今回は、両月とも四代目猿之助の出演が予定されております。

十三代目團十郎も猿之助も当代の人気役者だし、出て当然じゃん?
と思う人がほとんどだと思います。

でもこれって実はすごい事なんですよ!

猿之助の猿の字は、白猿の猿!

そもそも論なのですが。
初代猿之助は、九代目團十郎に見込まれて弟子になった人。

九代目團十郎は江戸から明治にかけて活躍した人物で。
劇聖とまで呼ばれ。
現代歌舞伎の礎は、ほとんど九代目團十郎が築いたと言っても過言ではないほどのです。

歌舞伎の世界で単に九代目と言えば、この九代目團十郎を指します。

ちなみに「くだいめ」と発音します。

この九代目に見込まれ。
五代目團十郎が俳号で使っていた「白猿」の猿の字を取って。
猿之助の名跡の貰ったのが、初代猿之助。

今の四代目猿之助のひいひいお爺ちゃんですね。

初代もなかなか反骨な人で。
勝手に小芝居で勧進帳をやって。
破門されたりはしているのですが。
結局は許されて一門に復し。
九代目團十郎の追善興行では。
一門の代表として、口上を伸べたりしています。

トラブルは十一代目團十郎と三代目猿之助の時に起こった!

九代目團十郎の死後。
59年間、團十郎の名跡は途絶えます。

十代目の團十郎の名跡は。
九代目の娘婿で銀行員から歌舞伎役者に転身した。
市川三升に追贈として贈られたりはしましたが。

舞台の上で團十郎を見ることは。
59年もの長い間。
できなかったのです。

そんな團十郎を。
59年ぶりに継いだのが。
十一代目の團十郎。

今回襲名する、十三代目團十郎白猿のおじいちゃんに当たります。

十一代目の團十郎は。
七代目幸四郎の子として生まれ。
九代目高麗蔵を名乗っていましたが。
市川三升(十代目團十郎)に乞われて。
九代目市川海老蔵として養子に入ります。

その九代目海老蔵が。
十一代目團十郎を襲名したのが1962年(昭和37年)。

事件はその一年後に起こりました。

猿之助の襲名披露に、市川宗家が出ない!

1963年(昭和38年)。
初代猿之助のひ孫に当る、三代目市川團子が三代目市川猿之助を襲名します。
三代目猿之助は、現在の四代目猿之助の叔父に当たります。

この襲名披露興行の口上に。
十一代目團十郎がでなかったのです。

猿之助の名前は、九代目團十郎が与えたもの。

初代二代目の活躍で、歌舞伎の名跡としては大きくなりましたが。
あくまで弟子筋の名前。

当然市川宗家として、十一代目團十郎も口上に列席するはずでした。

この事件についてネット上では伝える情報も少なく。
わたしも詳細はよくわかってないのですが。

江宮隆之著「團十郎と海老蔵 歌舞伎界随一の大名跡はこうして継承されてきた(学研新書)」に。
中央公論の昭和39年7月号に掲載された、特集「團十郎問題と歌舞伎の危機」に十一代目團十郎が市川宗家として見解を述べた文章が引用されていました。

要約します。

  • 歌舞伎の世界には、それなりの伝統的な秩序がある。
  • この秩序を、いたずらに破壊されたり混乱されたりすると、歌舞伎そのものの生命とりになる危険がある。
  • 猿之助襲名の際は、歌舞伎界の秩序を無視して、新しいかたちづくりばかり優先して、市川家を無視して市川姓を名乗るという混乱を来した。
  • 俳優は所詮、芸の上で傑出すれば、すべての人が認めてくれる。
  • 自分の勢力を作るために、妙なかたちづくりばかりに腐心し、市川家に対する道筋を踏まないということは、秩序の破壊として、厳しく責められなければならぬと思う。
  • 私は市川家の責任者として、市川家の秩序を破壊されるのを黙許するわけにはいかない立場にある。
  • そういう考えの人は、なにも市川姓を名乗るひつようはない。
  • 市川を名乗って市川のイミテーションを作ることは止してもらいたい。
  • 全く新しい芸名を名乗り、それで立派にやっていけばいい。
  • 市川家の利点は利用しておいて、市川家の秩序に従うのは御免、というような考え方は迷惑。
  • 紆余曲折あったが口上の席には列席するつもりであったが、向こうの方から出席に及ばすという意向があった。

この見解を読んでも、具体的なトラブルの内容はわかりません。
ただ、1963年4月の三代目市川猿之助襲名披露興行に、口上も含めて團十郎が出勤しなかったのは事実です。

十一代目團十郎は、その2年後。
團十郎襲名からわずか3年半。
1965年11月10日胃癌で死去。56歳没。
歌舞伎界は、再び團十郎を失いました。

このトラブルが尾を引いたのか。
20年後の1985年4月。
待望の十二代目團十郎襲名披露興行には、今度は三代目猿之助が出勤しておりません。

猿之助は同月明治座で、義経千本桜を通しで上演しておりました。

恩讐の彼方に!四代目猿之助の襲名披露には團十郎が出演!

それからさらに時は流れて2012年。
7月新橋演舞場。
歌舞伎座は建て替え中で。
新橋演舞場で歌舞伎の本公演が行われておりました。

この年の6月と7月は。
四代目猿之助の襲名披露興行。
三代目猿之助の甥、二代目亀次郎が、四代目として猿之助を襲名。

7月に大事件。
十二代目團十郎と十一代目海老蔵が、市川宗家として初め口上に列席しました。

ちえはこの時の口上みてるんですよね~☆
まったく内容は覚えてませんが。

ついでに言えばこの時は、十一代目團十郎と三代目猿之助のトラブルも知らず。
知っていれば感慨もひとしおだったのに。

猿之助は11月「勧進帳」12月「助六」に出る

そして今度は。
猿之助が團十郎の襲名披露に出る。

これにて60年前の確執は。
きれいさっぱり恩讐の彼方にです。

十一代目の海老蔵は、三代目猿之助を慕って色々教えを乞うていたと言いますし。

口上こそ列席はしないみたいですが。
猿之助もその辺り、うまくいじってくれないか。
悪趣味ですが楽しみなのですよ。

猿之助の出勤は。
11月は「勧進帳」の源義経。
12月は「助六由縁江戸桜」の通人里暁。

なにかやるなら、通人里暁の方でしょう。
歌舞伎座建て替えの時の。
さよなら公演で十二代目團十郎の助六相手に、場内を爆笑の渦に巻き込んだ十八代目勘三郎のごとく。

猿之助が通人でなにをやってくれるのか。
楽しみでならない訳です。

十三代目團十郎白猿の襲名披露興行のチケットはチケットWEB松竹で買えるよ!

60年前の確執を猿之助がいじるのか!

それともそんな確執は無かったことにするのか!

その答えは11月12月の歌舞伎座。

「市川海老蔵改め 十三代目 市川團十郎白猿襲名披露」にて!

君の眼で確かめよう!

チケットは、チケットWEB松竹で絶賛発売中!

1等席ならまだちょこっとだけ。
空席があるみたいですよ~
☆

公演情報:「十一月吉例顔見世大歌舞伎」

上演名市川海老蔵改め
十三代目 市川團十郎白猿襲名披露
十一月吉例顔見世大歌舞伎
八代目市川新之助初舞台
劇場東京・歌舞伎座
上演日時2022年11月7日(月)~28日(月)
【休演】14日(月)、21日(月)
【貸切】昼の部:26日(土)、夜の部:12日(土)
上演時間昼の部 午前11時~
夜の部 午後4時~
演目昼の部
一、祝成田櫓賑(いわうなりたこびきのにぎわい)
二、歌舞伎十八番の内 外郎売(ういろううり)八代目市川新之助初舞台相勤め申し候
三、歌舞伎十八番の内 勧進帳(かんじんちょう)
夜の部
一、歌舞伎十八番の内矢の根(やのね)
二、十三代目市川團十郎白猿 八代目市川新之助 襲名披露 口上(こうじょう)
三、歌舞伎十八番の内 助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)

歌舞伎

Posted by ちえ